天使は実在する。道ばたの石ころが実在するように。石ころを誰も見ず、誰も気づかぬと同じように、天使を見、気づく者もまた少ない。
梅雨が明けて後戻りの効かない暑熱が街を支配した七月、予感と前後して襲いかかってきた雷雨に、会社員が喫茶店へ逃げ込み、買い物帰りが家まで走り、空っぽになった街の真ん中で私は濡れるがままに立っていた。古い建物の陰から雨水が激しく吹き出してきて音を立てた。歩み寄ると拳大の石がひとつ、あった。暗い影が産み落としたか吐き出したかした石ころひとつ、私は拾い上げて裏を返して見たのだった。
「生」
そう書いてあった。
人の文字ではなかった。ざらりとした肌にひびが走り疵が刻まれ、線はばらばらでありながらも交差し、石を生んだ者の囁き声が書かれていたのだ。いったいどれほどの時間をかけて書き上げられた一文字だったか。
「生」と囁いた者よ。
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