しらない味のあめ

しらない味のあめ

 

あのぽつんとひかる星へ

いつもわらっている日々へ

いきたいとねがえどもなぜだか

しらないどこかへいきつくだけ

それはしらない味のあめのよう

わたしのはらをともかくみたし

はらのむしなりやみねがいやまぬ

 

 

 

これからやろうと思っているのが、詩の実体化、である。

詩の実体化という言葉を思いついたのだが、なんのことやらわたしにもさっぱりわからない。

ただ、詩の本体は言葉ではない。言葉のなかに隠れているものが詩の本体である。それは言葉によってしか示唆することのできないものであるのだが、本体を直接実体化することはできるのではないか。そういうふうに感じ始めたのだ。

この写真は、その実験の一つである。「しらない味のあめ」の詩文全文を題名とする塑像(油粘土)である。

 

 

 

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